エンジニアの退職は、内定の条件を書面で確かめてから、直属の上司に最初に伝えるのが基本です。退職日は、民法の2週間、就業規則の期限、引き継ぎと有給消化の日数の3つから逆算して決めます。
期間の定めのない雇用であれば、退職の申し入れから2週間で契約は終わります。円満に進めるには、引き継ぎと有給休暇を含めた日程を、内定先の入社日と合わせて組み立てる必要があります。
順番の原則:書面の条件を確かめるまで、退職は伝えない
内定の通知は、法律的には、応募という申込みに対する会社の承諾にあたります。東京都の「ポケット労働法2026」は、応募者が承諾書や誓約書などを出すことで、労働契約が成立したとされるのが一般的だと説明しています。
厚生労働省のQ&Aは、内定の取消には解雇と同じ合理的な理由が必要だとしています。そのうえで、取消事由の例として、契約の前提となる条件や資格を満たさないとき、健康状態の悪化、重要な経歴詐称、重要な書類の不提出、経営状況の悪化を挙げています。
ここから順番の原則が出てきます。退職を伝えるのは、労働条件通知書などの書面を受け取り、内容に納得して承諾した後です。
入社日や年収が口頭でしか決まっていない段階、取消事由が書かれた誓約書をまだ読んでいない段階で退職を伝えると、条件が変わったときに戻る場所がなくなります。
労働条件通知書で確かめる項目は、オファー面談で確認することにまとめています。転職活動全体の期間は、エンジニアの転職の流れと期間で整理しています。
退職日は何で決まるか:法律・就業規則・引き継ぎ
法律上の最短は、期間の定めのない雇用なら申し入れから2週間です。民法627条1項は、雇用の解約の申入れから2週間を経過することによって雇用が終了する、と定めています。
東京都の資料は、労働者は原則として理由を問わずいつでも解約を申し入れられ、会社の承諾がなくても2週間で終わると説明しています。
月給制の場合、茨城労働局のQ&Aは、賃金計算期間の前半に申し入れるとその期間の末日に退職でき、後半に申し入れると翌期間以降になる、と説明しています。
契約社員など、期間の定めのある契約は事情が変わります。期間の途中の退職は原則として契約違反で、やむを得ない事由があるときに直ちに解除できます(民法628条)。
ただし、1年を超える契約では、契約の初日から1年が過ぎれば、申し出ていつでも退職できます(労働基準法附則137条)。
就業規則に「退職は1か月前までに申し出る」といった定めがある場合は、どう扱うのでしょうか。茨城労働局のQ&Aは、就業規則の定めが優先するとの見解と、民法を強行規定として2週間で効力が生じるとする裁判例の両方があると説明しています。
同じQ&Aは、新しい人が見つかるまで退職を許可しないことは、できないとしています。
東京都の資料は、トラブルを防ぐには、民法の規定を念頭に、就業規則の有無や内容を確認したうえで、労使で話し合うことが大切だとしています。
そのため実務では、就業規則の期限を満たす日程で組み、2週間は交渉が行き詰まったときの最短として知っておく使い分けが現実的です。
月末か月中か:社会保険と賞与の見方
退職日の翌日が、健康保険・厚生年金保険の資格喪失日です。日本年金機構は、3月31日付けで退職した場合、資格喪失日は4月1日になる例を示しています。
保険料は、資格喪失日が属する月の前月分まで納めます。月の末日に退職すると、資格喪失日は翌月1日になるので、退職した月の分まで納めることになります。
月の途中で退職した場合、日本年金機構によると、厚生年金保険の保険料は退職月の前月分までです。ただし、次の会社に入社するまで空白が生じると、その間は自分で国民健康保険や国民年金に加入する手続きが必要になります。
内定先の入社日が月初なら、前の月の末日に退職すると、空白なく切り替えられます。入社日と退職日は、セットで決めます。
賞与や退職金も確認します。東京都の資料によると、法律上の支払い義務はなく、就業規則などで支給基準が明らかにされ、使用者に支給義務がある場合は、退職金も賃金として保護されます。
就業規則の賞与や退職金の条件に、支給日や算定期間の定めがないかを、退職日を決める前に読みます。条件によっては、退職日で金額が変わることがあります。
逆算スケジュールの例:退職日の7週間前から
退職日をDとして、日程を組みます。例として、就業規則の期限が1か月前、引き継ぎに4週間、有給休暇の残りが10日(営業日で2週間)の場合です。
| 時期 | やること | 相手 |
|---|---|---|
| 内定通知〜承諾前(D−9週〜8週) | 労働条件通知書で条件を確かめる。就業規則の退職・賞与の規定と、有給の残日数を調べる | 内定先・自分 |
| D−8週 | 承諾を伝え、入社日の見通しを伝える(「現職の事情で最短◯月◯日」) | 内定先の採用担当者 |
| D−7週 | 直属の上司に面談を依頼し、退職の意思と希望日を伝える。退職届を出す | 直属の上司 |
| D−7週〜6週 | 退職日・最終出社日・有給の期間・引き継ぎの範囲を合意する | 上司・人事 |
| D−6週〜2週 | 引き継ぎ資料を作り、後任と運用を1回回す。取引先や関係部署に案内する | 後任・関係者 |
| D−2週(最終出社日) | 貸与物を返し、権限を整理して最終出社 | 人事・情報システム部門 |
| D−2週〜D | 有給休暇を消化する(残10日の例) | — |
| D+1日 | 入社(月末退職なら翌月1日入社) | 内定先 |
この例では、内定の承諾から入社まで約2か月かかります。就業規則の期限、引き継ぎ、有給の3つを足した日数が、退職日の最短です。
日数は人によって変わります。引き継ぎが長いほど、有給の残りが多いほど、D−7週は前倒しになります。
伝える相手と順番:直属の上司に、1対1で
退職は、直属の上司に1対1で、最初に伝えます。同僚や取引先、SNSへの共有は、上司と伝え方を決めてからにします。
切り出しは、面談を依頼する短い一言で足ります。
「今後のことでご相談があります。30分ほどお時間をいただけますか。」
面談では、結論から話します。
「退職を決めました。◯月◯日付で退職したいと考えています。引き継ぎは◯月◯日までに終えられるよう進めます。」
東京都の資料によると、退職の意思表示は口頭でも足りますが、行き違いを防ぐために書面で退職届を出すほうが望ましいとされています。就業規則に様式や提出先の定めがあれば、それに従います。
理由は、前向きで、事実に沿った内容を短く伝えます。
東京都の資料のとおり、申し入れに理由は問われません。転職先の社名も、伝えるかどうかは自分で決めます。
理由に給与や評価への不満を前面に出すと、条件を見直すから残ってほしい、という話に進みやすくなります。決意が固いときは、次のように伝えます。
「すでに次の職場への入社を決めており、条件の見直しでは気持ちは変わりません。」
引き止めへの対応:数字と、断り方の型
引き止めでは、昇給などの条件が提示されることがあります。ロバート・ウォルターズ・ジャパンは2021年10〜11月、同社に登録する国内の会社員873人と、国内企業・外資系日本法人172社に、カウンターオファー(引き止め交渉)について聞きました。
同社はバイリンガル人材に特化した人材紹介会社で、回答者もその登録者と、国内に拠点を持つ企業です。
会社員のうち、引き止めに応じる可能性が「あり」は53%、「なし」は47%でした。受け入れる可能性のある条件は、昇給が87%で最も多く、働き方の柔軟性向上43%、昇進41%が続きます。
応じない理由の1位は「辞めようと思った理由に対する解決策ではない」43%、2位は「一度決めたので心変わりはしない」42%です。
実際に受け入れた経験があるのは12%でした。そのうち約半数の47%が、1年以内に退職しており、半年以内は27%です。
この数字は、引き止めの条件で退職理由が解決するのかを、先に自分に問う材料になります。
引き止めの型と、断り方を並べます。
| 引き止めの型 | 断り方 |
|---|---|
| 昇給・昇進の提示 | 「内定を承諾済みで、条件の見直しでは変わりません」と、決まっていることを先に伝える |
| 情に訴える(迷惑、案件が回らない) | 感謝と、引き継ぎに協力する姿勢を伝え、退職の意思は変えない |
| 時期の先延ばし(後任が決まるまで) | 就業規則と引き継ぎ計画をもとに退職日を話し合う。後任が決まるまで許可しないことはできない |
| 上位者や人事との面談 | 同じ説明を、同じ言葉で繰り返す |
| 損害賠償などの示唆 | その場で応じず、根拠を書面で求める。迷ったら総合労働相談コーナーに相談する |
損害賠償の示唆については、東京都の資料が、退職したときのペナルティとして賠償額をあらかじめ労働契約に決めておくことは認められないとしています。
厚生労働省のQ&Aは、期間のある契約の途中で退職しても、当然に損害賠償請求されるわけではなく、会社に損害が生じ、退職が原因かどうかを検討して判断されるとしています。
元の会社と内定先、それぞれの事情
採用する側と、退職される側の事情を知ると、話の進め方が見えてきます。
ロバート・ウォルターズの調査では、カウンターオファーを「しない」企業が59%でした。しない理由の1位は、チーム内で給与や役職の不平等が起きるリスク(50%)、2位は会社やチームの文化への悪影響の懸念(46%)です。
行う理由は、有能な人材の流出防止(46%)、退職者と同等の人材を獲得できない(39%)でした。この調査では、引き止めの条件が出ない会社のほうが多く、出ても長続きしないことがあります。
内定先の採用担当者は、内定後に「入社可能時期と現職での退職交渉状況」を聞くことがあります。エンジニア向け求人サービスのpaizaは、内定承諾を迷う内定者にヒアリングする項目の1つとして挙げています。
運営会社の採用支援の現場でも、入社日は、配属や機材、研修の準備の起点になります。入社日が後ろにずれるほど、受け入れ側の準備にも影響するため、内定後の連絡で最初に確認される項目の1つです。
そのため入社日は、根拠を添えて伝えます。たとえば「就業規則で退職の申し出は1か月前まで、引き継ぎに4週間、有給が10日残っているため、最短で◯月1日の入社です」といった伝え方です。
日程が変わりそうなときは、早く、理由とあわせて伝えます。
エージェント経由で応募した場合は、入社日の調整を担当者に任せられます。進め方は、転職エージェントの使い方とエージェント一覧に載せています。
引き継ぎ資料:エンジニアが残す5つ
エンジニアの引き継ぎで、資料にして残すものは5つあります。
- 担当の一覧と状態:システム、リポジトリ、案件ごとに、進行中・保留・未着手を分けます
- 運用の手順:デプロイ、障害時の一次対応、定期ジョブ、問い合わせ窓口を書きます
- 権限・アカウント・期限:本番環境、クラウド、SaaS、ドメイン、証明書の期限と、管理者の所在をまとめます
- 未解決の課題と判断の経緯:既知の不具合、回避策、なぜその構成にしたかを残します
- 関係者と進行中のやり取り:社内外の窓口と、約束している期日を一覧にします
読む人は後任です。書き終えたら、後任と一緒に運用を1回回して、抜けを探します。
資料の置き場は1か所にまとめます。権限は、パスワードを書き残すのではなく、どこに何があり誰が管理するかを渡し、付け替えと削除は会社側が行います。
IPAの「組織における内部不正防止ガイドライン」第5版は、雇用の流動化で退職者が増えることを受け、退職者によるリスクを下げる人的管理の対策を追記しています。権限の一覧を出しておくと、会社側の整理も進みます。
引き継ぎ資料を書く過程で、担当範囲、判断、成果が整理されます。社外秘を除いた自分の言葉でのメモは、次の職務経歴書の材料になり、書き方はエンジニアの職務経歴書の書き方にあります。
有給休暇の消化:権利と、組み方
年次有給休暇は、6か月以上継続勤務し、全労働日の8割以上出勤していれば10日が与えられます。厚生労働省のQ&Aによると、その後は1年ごとに増えて最高20日で、権利は2年間有効です。
会社は、請求された日に有給を与えなければなりません。東京都の資料は、会社が他の日に変更できる時季変更権は、事業の正常な運営を妨げる場合に限られ、単に忙しいという理由だけで休みを断ることはできないと説明しています。
退職予定者の場合は、さらに限られます。沖縄労働局は、退職期日以降に時季を変更することはできないので、労働者の請求どおり与えなければならない、と説明しています。
つまり、権利としては、退職日までに残りの有給をまとめて請求できます。
一方で、引き継ぎが終わらないまま休みに入ると、後任と取引先にしわ寄せが行きます。先に引き継ぎの日程を固め、最終出社日の翌日から退職日までを有給にする組み方が、現実的です。
申し出の段階で、残日数を確認し、「◯月◯日から有給消化に入りたい」と日付で伝えます。残日数は、給与明細や勤怠システム、人事で分かります。
有給消化中も、在籍中です。就業規則の守秘義務や兼業の規定は引き続き関係するため、転職先での勤務は、退職日の翌日以降に始めます。
退職時にもらう書類と、退職後の手続き
退職時に受け取る主な書類を、使い道とあわせて整理します。
| 書類 | 受け取り方 | 使い道 |
|---|---|---|
| 雇用保険被保険者証 | 会社が保管していて退職時に渡される場合が多い | 転職先の雇用保険の加入手続きで提出を求められることがある |
| 源泉徴収票 | 退職の日以後1か月以内に交付される | 転職先での年末調整に使う |
| 離職票 | 会社がハローワークで喪失手続きをして交付される | 失業給付を受けるときに使う |
| 退職証明書 | 請求すると、会社は遅滞なく交付する | 請求した事項だけが記載される |
雇用保険被保険者証には被保険者番号が書かれていて、転職しても同じ番号を引き継ぐため、転職先から提出を求められることがあります(ハローワーク名古屋南)。
源泉徴収票は、国税庁によると、年の途中で退職した人には退職の日以後1か月以内に交付する決まりです。中途就職者は、前職分の源泉徴収票がなく金額が確認できない場合、年末調整が行えません。
離職票は、会社が退職の翌日から10日以内にハローワークで雇用保険の資格喪失手続きをして交付されます。東京都の資料は、失業給付を受けるときに必要な書類と説明しています。
退職証明書は、労働基準法22条に基づき、請求した事項だけが記載されます。請求したのに交付されない場合は、労働基準監督署に相談します。
最後の給与や、会社が預かっている金品は、請求があれば7日以内に支払い・返還する決まりです(労働基準法23条)。
協会けんぽの健康保険では、会社が資格喪失届を日本年金機構に出すときに、交付済みの資格確認書などを回収して添付します。受け取っている資格確認書などは、会社に返します。
やってはいけないこと5つ
- 書面の条件を確かめる前に、退職を伝える
- ソースコード、設計書、顧客情報、認証情報を持ち出す
- 引き継ぎをせずに最終日を迎える、または無断で休む
- 同僚に転職先への勧誘をする、退職を不用意に広める
- 誓約書の内容を読まずに署名する
最も重いのは、持ち出しです。経済産業省によると、営業秘密侵害罪は、10年以下の拘禁刑または2000万円以下(海外での使用などは3000万円以下)の罰金です。
個人のPCやクラウドに、会社のコードや資料を残したまま辞めることも、同じ問題になりえます。最終出社日までに、私物と会社の情報を分けます。
引き継ぎをせずに辞めることは、民法の2週間を満たせば法律上は可能です。ただ、後任と取引先が困るだけでなく、前の職場での評価が、次の職場での信頼に影響することがあります。
同僚への勧誘や、退職の事実の拡散は、就業規則や誓約書の定めに触れることがあります。誓約書は、秘密保持の対象や期間、競業の範囲などの内容を読み、疑問があれば、署名の前に持ち帰って確認します。
退職を切り出せない、受け付けてもらえないとき
会社が退職届を受け取らない、話し合いに応じない場合は、記録を残します。メールで送る、控えを取るなど、提出日が残る形で出します。
期間の定めのない雇用なら、会社の承諾がなくても、申し入れから2週間で契約は終わります(民法627条、東京都の資料)。
判断に迷う場合は、厚生労働省の総合労働相談コーナーが、職場のトラブルの相談や解決のための情報提供を、ワンストップで行っています。
退職証明書が交付されないときの相談先は、労働基準監督署です。
今日の10分でできること
- 就業規則で、「退職」「賞与・退職金」「兼業・競業」「秘密保持」の4か所を探して読みます
- 有給休暇の残日数を、勤怠システムや給与明細で確かめます
- 引き継ぎが必要な担当を、自分用のメモに書き出します(社外には出しません)
- 退職日を仮に置き、前の表のD−7週〜D+1日の日付を入れます
- 切り出しの一言と、引き止めへの断り方を、声に出して言ってみます



